序章──“クリピーパスタ”とは何か?
それは、インターネットという仮想空間の闇から生まれた。
“Creepypasta(クリピーパスタ)”── この奇妙な言葉は、英語の「creepy(不気味な)」と「copypasta(コピペ文)」を組み合わせた造語だ。
インターネット掲示板やSNSで拡散される“恐怖系の短編文章”を指し、 その多くは匿名のユーザーによって生み出され、語り継がれ、変化し、増殖していく。
誰が本当の“最初の語り手”なのか、誰にも分からない。
だが確かに、それらの文章には“何かが宿っている”。
単なる作り話ではない。 読んだ者の脳裏に刻まれ、時に現実の行動にまで影響を及ぼすほどの“深層心理的な怖さ”があるのだ。
この怖さには、単なるショックやグロテスクさではなく、 “読んだ後もしばらく頭から離れない”“ふとしたときに思い出してゾッとする”といった “後を引く恐怖”がある。
今回は、この“クリピーパスタ”という新時代の怪談文化の起源から進化、実害までを、 裏世界レポートが徹底的に解き明かしていく──。
起源──スレッドから始まったデジタル怪談

“クリピーパスタ”の誕生は、2000年代前半の英語圏匿名掲示板「4chan」に端を発する。
当時、「/x/(パラノーマル)」板では奇怪な写真や文章が断片的に投稿され、 それらを他のユーザーが“面白半分で”コピペして広める文化があった。
その中でも、
- “呪われた画像”
- “実在するゲームデータのバグ”
- “死者から届いたメール” といったテーマが異様な拡散力を持ち、 特に恐怖系に分類されるものに「Creepypasta」という名称が付いた。
やがて、恐怖に特化したフォーマットや語り口が確立されていく。 多くは一人称視点で語られ、“私はこれを体験した”という口調で始まる。
実話風、日記風、チャットログ風など多彩な形式が取られ、 「本当に起こったのでは?」という錯覚を読者に与える構成が取られていた。
特に注目すべきは、これらが一種の“ネット儀式”として共有されたことだ。 「この話を読んだら○○しないと呪われる」 「ここで止めると霊が出る」 など、物語に“参加させる”仕掛けが埋め込まれていた。
つまり、読者はただの受け手ではなく、物語の一部に引き込まれる“儀式の参加者”となる。
この“参加型の怖さ”こそが、クリピーパスタの最大の魅力であり、最大の脅威でもあった。
代表作──恐怖を撒き散らした実例たち
クリピーパスタを語る上で欠かせないのが、いくつかの“伝説級”エピソードたちである。 これらは単なる創作に留まらず、読者に“実在するのでは”と信じさせるほどの完成度と恐怖を備えている。
1. スレンダーマン(Slender Man)

痩せ細った長身、顔のない白い頭部、そして異様に長い腕。 スーツ姿で森の中に現れ、子どもたちをじっと見つめて誘拐する──。
「スレンダーマン」は、2009年にフォトショップコンテストで誕生したが、 その後、クリピーパスタ界の“象徴”として独自の神話体系を持つ存在へ進化。
ネット掲示板やYouTubeで数百の体験談や映像が出回り、 「彼が写り込んだ写真を見ると近づいてくる」「夢の中に現れる」などの噂が拡散。
ついには現実世界でも事件を引き起こす(後述)ほどの社会現象となった。
2. ジェフ・ザ・キラー(Jeff the Killer)
「Go to sleep…」
目を見開き、口元を無理に裂いたような顔で微笑む男、ジェフ。
その誕生は2008年頃とされ、投稿された“顔の画像”に伴う文章から拡散された。 ジェフは幼少期にいじめに遭い、心を壊した末に自らの顔を焼き、 両親を殺害して夜の街に消えるという悲惨な物語を持つ。
「ジェフが窓の外に立っていた」「夢に出てきた」「部屋で目を覚ましたらいた」などの投稿が続出し、 YouTubeでもホラーゲームや短編映像が量産された。
その“作り込まれたキャラ性”と“目に焼き付くビジュアル”は、クリピーパスタの中でも圧倒的な知名度を誇る。
3. BEN Drowned(ゼルダの呪いのカートリッジ)
2000年代初期、匿名ユーザーが「奇妙なゼルダのゲームカートリッジを手に入れた」と投稿。
そのゲームでは:
- リンクの顔がひきつったまま動かない
- 登場人物が意味不明なことを呟く
- 突然リンクが溺死するシーンが流れる などの異常現象が続出。
データを解析すると「You shouldn’t have done that(やらなければよかった)」という言葉が浮かび、 やがて“BEN”という亡霊がネット上の様々な投稿に登場し始める。
このシリーズはゲームの映像・写真・ログなどが巧妙に構成されており、 実話と見間違えるほどの完成度で世界中のフォーラムを席巻した。
“デジタルに宿る霊”というアイデアの先駆けとして、今もなお語り継がれている。
日本との交差──2ちゃんねるの怪談文化との融合
日本には、日本独自の“クリピーパスタ的文化”が古くから存在していた。 その代表格が、「2ちゃんねる」に代表される匿名掲示板での怪談文化である。
代表的な例としては:
・八尺様(はっしゃくさま)

身長2メートルを超える白いワンピースの女。 「ぽぽぽ…」という不気味な声とともに現れ、数日後に呪い殺されるという。
この話は2000年代初頭に2ちゃんねるの怪談スレで投稿され、 読み手の恐怖を煽る文体やリアルな描写から、瞬く間に拡散された。
・くねくね
遠くの田んぼに立つ、白くて細長い“なにか”。 それを見てしまうと正気を失う、という恐怖体験談が爆発的に拡散。
「見た者は正気を保てない」「存在自体が禁忌」というコンセプトが、 非常に“クリピーパスタ的”な恐怖を内包している。
・コトリバコ
“呪われた木箱”に関する長文怪談。 その箱に触れた子どもが死ぬ、妊婦に影響を及ぼす、といった具体的な呪いの描写。
投稿形式が「語り手→まとめ役→検証者」という構造を取り、 架空と現実の境界を曖昧にする手法は、まさに海外のクリピーパスタと同根である。
現実への影響──事件と社会問題
クリピーパスタが“ただの話”では済まなくなった瞬間は、現実に悲劇が起こったときだった。
代表的なのが、2014年の「スレンダーマン刺傷事件」だ。 12歳の少女2人が、友人を森へ連れ込み、19回も刺した。
理由は、「スレンダーマンの部下になるため」。
この事件はアメリカ社会に大きな衝撃を与え、CNN、BBCなど大手メディアが一斉に報道。 “インターネットの怪談が子どもの判断に影響を与える”という警鐘となった。
このほかにも:
- 『Jeff the Killer』を模倣してナイフを所持した少年の補導
- 『BEN Drowned』を信じて任天堂DSに奇妙な儀式コードを書き込む学生の出現
- 「呪われた画像」を見てパニック発作を起こした小学生の保護者相談
など、日本・海外問わず“実害”が生じ始めた。
これにより、教育機関や自治体が「ネット怪談に注意しましょう」という啓発ポスターを掲示する事態に。
しかし一方で「恐怖の力がそこまで影響するとは、文化的価値がある」という肯定派の声もあり、 賛否両論を巻き起こす社会現象となった。
派生と進化──YouTube、ゲーム、AIの時代へ
2010年代後半、クリピーパスタは単なる文章から「映像化」へとシフトしていく。
YouTubeのホラーチャンネルやTikTokの短編動画では、 ジェフやスレンダーマンがCGで再現され、まるで実在するかのように描かれる。
さらに2020年代に入り、AIによる生成怪談や、自動生成スレッドが登場。 GPTなどの言語モデルを使って“無限に変異する怪談”が可能になった。
視覚・音響・演出が融合することで、 クリピーパスタは“映画・ゲーム・物語・儀式”を兼ね備えた多層メディアへと進化した。
その一方で、
- “AIに創られた怪談”には本当に呪いが宿るのか?
- “読者が物語にアクセスすることで怪異を再生産する”構造が倫理的にどうなのか?
といった哲学的議論も起こり始めている。
もはや“語り”ではない。 それは“感染”に近い──。
終章──語られる恐怖はなぜ終わらないのか?
物語は、語られることで生き続ける。 クリピーパスタは、その究極の例である。
匿名性・共感性・拡散性というインターネット特有の性質が、 “恐怖”という最も原始的な感情と結びついたとき、 そこには止められないエネルギーが生まれる。
「これは嘘だ」と思っていても、夜中に思い出してゾクッとする。 「あんなの読むだけ無駄」と言いながら、つい検索してしまう。
それは、“理性では制御できない闇”が、私たちの中にあるという証明でもある。
クリピーパスタは、終わらない。 私たちが語り続ける限り──それはネットの奥底で生き続ける。
投稿主コメント
「クリピーパスタって、ネット怪談のくせにやけにリアルで、心に残るんだよね。
昔読んだ話を、何年経っても覚えてることがある。
スレンダーマンもベンもジェフも、なんか“ネットに宿った幽霊”って感じがして怖い。
たかがネットの話、されどネットの怪異。
今夜も誰かが、その“語り”をまた1つ書き込む。 そしてそれが、誰かの心に残って、また語られる。
──そうやって、呪いって続くんじゃないかな。」
コメント