【閲覧注意】夜の秋葉原は異世界への入り口? 日本に実在する「リミナルスペース」撮影スポット5選──そこは“現実のバグ”が発生する場所

はじめに:見慣れた景色の「裏側」へようこそ

あなたは、ふとした瞬間に奇妙な感覚に襲われたことはないだろうか。

深夜のコンビニからの帰り道、いつも通るはずの地下通路が、どこまでも続いているような錯覚。 誰もいない市民プールの水面が、あまりにも静止しすぎていて、まるで作り物のように見える瞬間。 あるいは、修学旅行で泊まったホテルの、誰もいない早朝の廊下。

これらは近年、ネット上で**「リミナルスペース(Liminal Space)」**と呼ばれている現象だ。「境界の場所」という意味を持つこの言葉は、本来は空港のロビーやホテルの廊下など、「移動のためだけに存在する通過点」を指す建築用語だった。

しかし、2020年代に入り、その意味は変質した。 「懐かしいのに、なぜか不安になる場所」 「夢の中で見たことがあるような、現実感のない空間」 そして、「一度迷い込んだら、二度と戻ってこられない“バグった”空間」──。

海外のネットミームとして広まった「The Backrooms(バックルーム)」は、黄色い壁紙の無限回廊を彷徨う恐怖を描いたが、あれは架空の話ではないのかもしれない。なぜなら、ここ日本にも、まるで現実のテクスチャが貼り遅れたかのような、「リミナル」な場所が実在するからだ。

今回は、私が調査した中から、**日本国内に実在する「異世界への入り口(リミナルスペース)」**を5つ紹介する。 もしあなたがこれらの場所を訪れるなら、十分に注意してほしい。 ふと後ろを振り返ったとき、そこに出口がある保証はないのだから。


第1章:人工島の迷宮──東扇島(神奈川県川崎市)

最初に紹介するのは、首都圏の湾岸エリアに浮かぶ人工島、**東扇島(ひがしおおぎしま)**だ。 川崎市の工業地帯に位置するこの島は、一見するとただの物流拠点に見える。しかし、実際に足を運ぶと、そこにある種の「狂気」が潜んでいることに気づくだろう。

人間が排除された街

東扇島に足を踏み入れて最初に感じる違和感は、**「スケールのバグ」**だ。 道路は異常に広く、行き交うのは巨大なトレーラーばかり。歩道は申し訳程度にしかなく、ガードレールは煤けている。ここにある建物はすべて「倉庫」か「物流センター」であり、人間が住むための「家」のような温かみのある建築物は一切存在しない。

特に恐ろしいのが、夜の帳が下りた後だ。 無機質なナトリウムランプのオレンジ色の光が、直線道路を照らし出す。見渡す限り、幾何学的な倉庫の壁、壁、壁。 コンビニエンスストアも存在するが、その明かりだけがポツンと浮き上がり、まるで**「ビデオゲームの背景として配置されただけのオブジェクト」**のように見える。

誰もいない公園

島の端には「東扇島東公園」がある。昼間は釣り人や家族連れがいることもあるが、平日や夜間は様相が一変する。 広大な芝生、手入れされた遊歩道。しかし、そこには誰もいない。 遠くには工場の煙突から炎が上がり、風の音だけが響く。 「ここは人間が楽しむために作られたのか? それとも、人間を模倣した“何か”をおびき寄せるための罠なのか?」 そんな妄想に取り憑かれそうになるほど、東扇島は「生活感」が完全に脱臭された空間なのだ。


第2章:地図から消えゆくゴーストタウン──真名団地(千葉県茂原市)

次に紹介するのは、リミナルスペース特有の「ノスタルジーと恐怖」が混在する場所。千葉県茂原市の山間部にひっそりと佇む、真名(まんな)団地である。

時間が止まったニュータウン

1970年代、高度経済成長期の夢の跡。 かつては多くの家族で賑わったであろうこのマンモス団地は、現在、事実上のゴーストタウンと化している。 コンクリート造りの集合住宅が整然と並ぶその光景は、一見すると日本のどこにでもある団地だ。しかし、近づいてみると異様な事実に気づく。

窓ガラスがない。 ベランダが植物に侵食されている。 そして、音がしない。

全盛期には数百世帯が暮らしていたとされるが、工場の閉鎖や建物の老朽化により住民は激減。2025年現在、居住者は片手で数えるほどしかいないとも噂されている。

繰り返される「均質」な恐怖

真名団地がリミナルスペース的である理由は、その**「繰り返されるパターン」**にある。 同じ形の棟、同じ色の壁、同じ形の給水塔。 どこまで歩いても同じ景色が続く感覚は、まるでコピペで作られたRPGのマップのようだ。 夕暮れ時、錆びついた公園のブランコが風で揺れる音だけが響く中、誰もいないはずの4階の窓に人影が見えたとしても、それは決して不思議なことではない。

ここは、かつてここに満ちていた「昭和の生活音」が、幽霊のようにループし続ける場所なのかもしれない。


第3章:地下50メートルの神殿──首都圏外郭放水路(埼玉県春日部市)

リミナルスペースの画像としてよく挙げられるのが、「巨大で無機質なコンクリート空間」だ。その日本における最高峰とも言えるのが、埼玉県春日部市の地下に広がる首都圏外郭放水路、通称**「地下神殿」**である。

人知を超えたスケール

国道16号線の地下約50メートル。そこには、洪水を防ぐために作られた巨大な調圧水槽がある。 長さ177メートル、幅78メートル、高さ18メートル。 想像してほしい。サッカーのグラウンドがそのまま地下に埋まり、それを支えるために、重さ500トンもの巨大な柱が59本も林立している光景を。

見学会に参加してこの空間に降り立つと、まず遠近感が狂う。 柱のあまりの大きさに、自分という存在が豆粒のように感じられるのだ。 そして何より不気味なのは、ここが**「水」のために作られた場所**であり、人間が立ち入ることを想定したデザインではないということだ。装飾の一切ないコンクリートの柱、冷たい空気、反響する足音。

異世界への儀式場

照明に照らされた地下神殿は、神聖でありながら、どこか冒涜的な美しさを湛えている。 もしここで、たった一人置き去りにされたら? 照明が消え、完全な闇と静寂が訪れたとき、この巨大な柱の陰から「何か」が這い出してくるのではないか。 SF映画やゲームのダンジョンとして撮影に使われることも多いが、カメラ越しではない「生の視覚」で見るこの光景は、脳の処理能力を超える強烈な「非現実感」を叩きつけてくる。


第4章:バブルの夢、極彩色の悪夢──旧グリーンピア南紀(和歌山県)

リミナルスペースには「Kenopsia(ケノプシア)」という概念が含まれることがある。これは「かつて人で賑わっていた場所が、今は静まり返っているときの不気味な雰囲気」を指す言葉だ。 その感情を最も強く喚起させるのが、**バブル時代の遺産(廃墟・跡地)**だろう。

終わらない夏休み

和歌山県、南紀の海を見下ろす高台にかつて存在した大規模保養施設、グリーンピア南紀。 現在は一部が公園として整備されているが、そこにはかつての繁栄を物語る遺構が点在している。 特にリミナルな空気を漂わせているのが、広大な敷地に残された**「意味を失った遊歩道」「用途不明の広場」**だ。

南国のリゾートを模して植えられたヤシの木が、手入れされないまま荒れ狂うように伸びている。 鮮やかなタイルの剥がれ落ちた噴水。 誰も座ることのない、海に向いたベンチ。

色褪せた記憶の改竄

私がここで感じたのは、**「偽物の記憶」**が植え付けられるような感覚だ。 自分はここに来たことがないはずなのに、なぜか「家族でここに来て、ソフトクリームを食べた」という記憶が捏造されそうになる。 昭和末期から平成初期にかけての、あの独特なパステルカラーの色彩感覚。それが風雨に晒され、彩度を失っていく様子は、まるで色褪せた古いビデオテープの映像の中に迷い込んだようだ。

「楽しかった時間」が永遠に終わってしまった後の、空虚な残骸。 そこには、笑い声の残響だけが染み付いている。


第5章:無限に続く地下迷宮──梅田ダンジョン(大阪府大阪市)

最後に紹介するのは、多くの人が日常的に利用しながらも、ふとした瞬間に恐怖を感じる場所。 **「梅田ダンジョン」**の名で恐れられる、大阪・梅田の地下街だ。

認識を阻む複雑怪奇な構造

Whityうめだ、ディアモール大阪、駅前ビル……。 複数の地下街が無秩序に連結し、増殖を続けた結果、梅田の地下は巨大な迷路と化した。 リミナルスペース的な恐怖を感じるのは、人通りが絶えた**「早朝」や「深夜」**だ。

出口のない回廊

営業終了後のシャッター街。 どこまでも続くツルツルの床。 蛍光灯の白い光が反射し、天井の低い通路が無限に奥へと続いているように見える。 特に「大阪駅前ビル」の地下階などは、昭和レトロな喫茶店や金券ショップが並び、時代が止まったような錯覚を覚える。

ふと気づくと、案内表示(サイン)の意味がわからなくなることがある。 「↑ 東梅田」「← 西梅田」「→ 北新地」 矢印に従って歩いているつもりなのに、なぜか同じ場所に戻ってきてしまう。 あるいは、ふと入った脇道の先に、あるはずのない「空間」が広がっているような気配。

ネット掲示板の怪談『きさらぎ駅』は無人駅の恐怖だったが、現代の神隠しは、日本最大級のターミナル駅の地下で起きているのかもしれない。 「ここ、さっきも通らなかった?」 友人のその言葉は、ただの勘違いなのだろうか?


管理者コメント:現実と異界の継ぎ目

今回の「裏世界レポート」はいかがだっただろうか。

リミナルスペースの画像を見て「怖い」と感じるのは、私たちの脳が**「ここには何かがいるはずだ(でもいない)」**という認知の不協和音を起こしているからだと言われている。 人間は、見慣れた景色から「人間」だけを消去したとき、そこに強烈な違和感を覚える生き物なのだ。

今回紹介した5つの場所は、どれもGoogleマップに載っている、誰もが行ける場所だ。 しかし、もしあなたが興味本位で訪れるなら、一つだけ忠告しておきたい。

その場所で、長時間立ち止まってはいけない。

風景に同化しすぎると、あなた自身もまた、その「誰もいない景色」の一部として取り込まれてしまうかもしれないからだ。 カメラのファインダー越しに覗いたその景色の中に、もし「こちらを見ている何か」が映り込んでいたとしても、私は責任を負いかねる。

(文・調査:裏世界レポート管理人)

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